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奈良地方裁判所 昭和29年(ワ)145号 判決

原告 春日大社

被告 中川菊治

主文

被告は原告春日大社の奈良市春日野町第百六十番地の一神社境内地九十四町四反一畝二十一歩内において業として写真撮影を為し又は右業務のため看板を立ててはならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求の原因として原告は奈良市春日野町第百六十番地の一神社境内地九十四町四反一畝二十一歩を所有するものである而して右境内地において業として写真撮影を営みこれに附随する業務を行うには原告の許可の外原告と奈良県、東大寺及び興福寺を以て組織する奈良県公園運営協議会の承諾を必要とするのである。ところが被告は原告の許可は勿論前記公園運営協議会の承諾をも受けず無断で原告所有地内で業として写真撮影を為し或はこれに附随する立看板を立てているのである右被告の行為は明らかに原告の所有権を侵害するもので原告は昭和二十八年四月一日以来被告に対し右所為の廃止を再三再四要求しているが被告はこれに応じないのでやむなく本訴請求に及んだ次第であるが右請求原因事実を事情と共に詳述すると次の通りである。即ち通称奈良公園というと大要奈良県所有の土地と原告所有の土地、東大寺所有の土地ならびに興福寺所有の土地を指し国際観光地として世界各地よりも数多の観光客が蝟集する関係上右観光地として遺憾なからしめるため公園内における行商人、露店竝びに写真業者について夫々その業務につき規範を設けその運営管理機関として昭和二十八年四月一日前記奈良県公園運営協議会が発足したのである右協議会の覚書によると原告所有地域内において業として写真撮影を為し得る者を四人としその人員を増減するには右協議会の承諾を要するものと定められている、そこで原告は従来から原告所有地内で写真撮影を許可して来た訴外吉川善八郎同西川弘一同古屋市太郎同中村朝太郎の四名に対し右業を為す許可を与え、右四名をして春日大社境内写真業組合を設立せしめ前記公園運営協議会の目的に副はしめているのである而して原告は被告に対しては原告所有地内において業として写真撮影を為すについてその許可を与えたことはない尤も被告は奈良県より写真撮影を業とするについて「乙」種の許可を受けているこれは奈良県条例第九号第四条同附則(4) 及びその註(2) に依ると県公園内において写真撮影を業として行う者には「甲」と「乙」の二種がありいづれも県知事の許可を必要とするがその「甲」は常時県公園内において撮影を為す者をいい「乙」とは随時公園に出張して撮影をする者をいうのであつて「乙」の許可を受けた者は立看板を立てたりすることはできないのである、而して右許可は県公園内に限られ原告や東大寺及び興福寺の各所有地には及ばないのであるところが被告が営業している場所は原告所有地である「一の鳥居」を東にはいつたすぐの参道であつて右「一の鳥居」附近は原告において前記吉川外三名の撮影許可を受けた者に対しても特に撮影を禁止している場所である。即ちその場所は昭和十年頃原告が官弊大社春日神社と称していた当時の宮司二条公爵が神域の入口において撮影したりすることは参拝客に不快の念を与え悪影響を及ぼすとの理由でそこより東に進んだ「御旅所」附近及び更に東の「二の鳥居」以東域区と共に業としての撮影行為を禁止して以来何人にも撮影営業行為を禁止している場所である被告はこの場所において幅約三尺高さ約二尺位の看板に写真の見本をならベ立てその傍に三脚を立て客の求めによりその近傍で撮影を業としているのである(原告の許可を受けた業者は原告の許可証と料金表を共に表示し又助手も一組合員につき二人と制限されている)そして被告は観光客に強いて撮影を勧誘し或は粗悪な写真を送付し或は写真の撮影をしながら送付しない等幾多の不正行為をして原告の名誉信用を傷けているのであるが又その為にその附近参道の土羽は崩壊し樹木や燈籠も破損し神域の尊厳や美観を傷ける結果となつている又被告の所為によつて原告は前記奈良公園運営協議会の構成員として他の構成員に対して協議会の規約履行に欠けるところある結果となり又被告の行為によつて他の公園内の同業者や行商人等が規約を軽視する悪影響を招来しひいては奈良の観光都としての名声を失墜せしめる結果となつているのである尚本訴提起前の昭和二十九年五月六日原告は被告に対し写真撮影禁止の仮処分を申請し(奈良地裁昭和二九年(ヨ)第八九号)右許容せられたが被告より異議申立があり(同庁同年(モ)第二一五号)同年六月三十日取消されたが原告において控訴し(大阪高裁同年(ネ)第七四四号)同年十一月二十五日原判決を取消し前記奈良地裁同年(ヨ)第八九号仮処分決定認可の判決を得たことを事情として陳述する以上の如くであつて被告の行為は明らかに原告所有権を侵害しているものであり原告は右妨害排除を求めるため本訴請求に及んだものであると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として原告主張の奈良市春日野町第百六十番地の一が原告の所有地であることは知らないが被告が原告主張の原告大社「一の鳥居」附近において業として写真撮影を為し立看板を立てた事実は認める。しかし原告に無断で為しているものではない、従つて被告が原告主張の如き所有権侵害を為したことは否認する又右撮影営業について奈良公園運営協議会の承諾を必要とする点は否認する即ち原告は被告は原告大社「一の鳥居」附近で原告に無断で写真撮影を営業していると主張しているが被告は昭和十八年頃から右場所を職場として写真業を営み来つたが大平洋戦争に応召し昭和二十年中頃復員し再び右場所において営業を継続し来つたので原告に対し右境内地使用の謝礼として昭和二十六年同二十七年の二回に亘り各金三千円を寄進し原告黙認の下に営業し来つたものであつて断じて無断で原告の境内地に立入つたものではない被告の写真撮影のため春日大社立入は原告の承諾の下になされ来つたものである。元来被告は写真業が本職であつてこれによつて辛うじて生活し他に転職並びに生活の手段をもたないものである。これに反し原告は被告の立入によつてこれを立退かしめなければならない程の損害はない原告は被告の立入によつて一の鳥居附近が荒されるように誇大に主張するけれども何等固定した物を置くわけでなく僅かに写真機の三脚を立て撮影するに過ぎないのであつて年額三千円の寄進で十分補えるはずである、しかし写真撮影は参拝客の求めによつて行はれるのであつて観光上のサービスである「一の鳥居」附近が荒されるとすればそれは観光客によつてなされるのであつて殊にその附近の便所を利用する者が土手の上を通行したりするものでこれを被告の所為とするのは誣うるも甚だしい。本件訴訟はもともと春日大社写真業組合吉川善八郎外三名が実質的原告と認められるのであつて右吉川は本件の仮処分異議事件で原告が敗訴判決受けた際も自ら控訴を以て争う旨公然と口走り又右吉川等はあらゆる点で原告を非謗し被告が技術拙劣であるとか被告に関係のない業者の非行を被告であるが如く悪宣伝を為しているが事実無根である、却つて昭和三十一年三月四日の朝日新聞記事によると前記写真業組合員である西川弘一や原告が右組合員でないのに原告所有地内で写真営業を許していると認められる訴外春田隆一等が所謂悪質写真業者であつて右春日大社写真業組合員等が原告代理人と共に被告を排斥するために厚顔無恥な書証(甲第四号証)を作成している疑がある即ち本件原告の主張や証拠はより所のないものである、又元来本件境内地は名義は春日大社の所有地であつても実は春日大社を景仰する不特定多数の大衆の出入自由の大衆的広場であることを本質的内容とした所有権の目的たる土地であつて排他性のない所有地である従つて民法の所有権の観念とは頗るその内容を異にし直ちに民法規定を適用することを得ないものである、而して大衆の用に供せられる場所において大衆の求めに応ずる行為を為すことは往来を妨害し参拝者に迷惑をかけ、土地を著しく荒す等他に別段の理由なき限り何人もこれを排除し得ないものである、この点においても所有権の効力を原因とする原告の請求は排斥せらるべきである、まして応分の謝礼を身を切る思いで春日大社に捧けている被告の立入を禁止するが如きは神社に仕える神官達のなすべきことではない又原告主張の奈良公園運営協議会の申合せが被告を拘束する理由はない原告は奈良公園の運営は右協議会において自由に為し得るが如く考えているようであるが、これは公園その他神社仏閣の境内地が大衆国民の広場であることを解しない封建的思想である以上の次第で原告の請求は理由がないから応ずることはできないと述べた。〈立証省略〉

理由

被告が原告春日大社の境内地「一の鳥居」附近において業として写真撮影を為し立看板を立てたことは当事者間争がない而して成立に争のない甲第一号証の記載と証人西田登の証言(第一回)を綜合すると右地点は原告所有の奈良市春日野町第百六十番地の一神社境内地九十四町一畝二十一歩内であることが認められる原告は右被告の営業は原告に無断で為している旨主張するに対し被告は原告に対し右境内地使用の謝礼として昭和二十六年同二十七年の二回に亘り各金三千円を寄進し原告承認の下に営業している旨抗争しているので按するに被告が原告に対し右主張の年その主張の如き各金額の寄進をしていることは成立に争のない乙第一、二号証の各記載によつて認められるが右寄進が右境内地使用の謝礼であつて原告が右被告の使用を承認していた点については証人増田楢太郎同松岡庫充及び被告本人の各供述中右主張に副うが如き部分は前記証人西田登の証言(第一回第二回)及び原告代表者訊問の結果と対照して容易に信用し難いものがあり他にこれを認め得る証拠なく却て右西田登の証言及び原告代表者訊問の結果に右西田登の証言(第一回)によつてその成立を認め得る甲第二、三号証の各記載及び証人竹下唔の証言に同証言によつてその成立を認め得る甲第五号証同第七号証の各記載を綜合すると原告は訴外吉川善八郎同西川弘一同古屋市太郎同中村朝太郎等春日大社境内写真業組合員に対してのみ春日大社境内地(但し特に禁止する地域を除く)における写真撮影営業を承認し奈良県東大寺、興福寺及び原告等によつて県立公園及び右各社寺境内地相互の管理運営の一貫を図るために設けられた奈良公園運営協議会の覚書においても春日大社境内地の写真営業者の許可人員を四人と定めこれを変更する場合は右県社寺協議の上決定する旨定められ原告はこれに基づきその境内地写真業者を前記四名以外は許可せず被告に対し右境内地写真撮影営業を止めるよう再三申入れて来た事実が認められるのである、そうすると被告は原告に無断でその境内を使用して写真撮影営業を為し原告の所有権を侵害していることになるのであるが被告は更に本件境内地は原告の所有名義であつても実は春日大社を景仰する不特定多数人の出入自由の大衆的広場で排他性のない所有地で民法の所有権観念を以て律し得ないもので右場所において大衆の求めに応ずる写真撮影行為を為すについては何人もこれを排斥し得ない旨抗争するので按するのに本件境内地が県立奈良公園や東大寺、興福寺各境内地と共に所謂奈良公園を構成し観光参拝のため一般に公開された場所であることは原告も認めるところであるが右の如き場所は民法の所有権観念を以つて律し得ないもので右場所における大衆の求めに応ずる行為は何人もこれを排斥し得ないものである旨の被告の主張は独自の見解であつて首肯し難く却て右の如き公園地であつても一般の無制限な使用を許すべきものではなく施設の管理景観風致の保全その他宗教上の信仰等の必要性に基き所有者においてその使用につき制限を設け得ることは当然である、従つて原告が右必要性に基き前記の如く右境内地における写真撮影業者の数を制限し又これも隣接する公園地所有者等と協定してその数の制限につき規約を設けこれに違反する業者の営業禁止を請求することは公園地所有者としてむしろ当然の措置であつて被告がその主張する如く写真撮影営業者として顧客に対する応対処置や又その使用する原告所有地の保全に欠けるところがないものとしても前記の如く原告の承諾がないものである限り原告の本訴請求を拒否し得る権利あるものとは認め得ない、よつて原告の本訴請求はこれを正当として認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 坂口公男)

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